土地活用コラム
有害な遺言書
「争族」対策として遺言書の作成が推奨されているものは、もはや常識になりつつあります。最近は「終活」をテーマにした書籍や週刊誌の記事やセミナーの案内を目にする機会が増えてきました。今回はせっかく遺言書を作成したにもかかわらず、そのことがかえって面倒な事態を引き起こした「有害な遺言書」の事例を紹介します。
1.事案
父親はすでに他界し、このたび母親が亡くなりました。相続人は子どもが2人(長男と長女、長女は県外在住)です。母親は晩年は施設にいましたが、それまでは長男夫婦が同居して身の回りの世話をしていました。主な遺産は土地2筆(評価額計6,000万円)と貯金額(2,000万円)です。
2.遺言書の内容は、以下のとおりで、公正証書で作成されていました。
①私の「全財産」を、長男と長女に「2分の1ずつ」相続させる
②遺言執行者は、「長女」に指定する
3.何が問題なのか?
①長男と長女の法定相続分は2分の1なので、遺言書がなくてもこの割合のとおりとなります。しかし、長男からすれば、自分が面倒を見てきたのに、県外に嫁いで普段何もしていない長女と同じ割合というのは釈然としないのは当然でしょう。
②さらに、遺言執行者となっている長女が遠方に住んでいるため、金融機関での手続もほとんど進まず、兄妹の意思疎通もままなりません。
③一番大きな問題となったのは、土地をどうするかです。土地の一つは長男名義の自宅建物が建っており、もう一つの土地は賃貸駐車場として使用していましたが、間口が狭いので分筆することは不可能な形状でした。このままでは、長男の自宅敷地も駐車場敷地も、お互いに半分ずつ共有ということになってしまいます。そのため、長男の自宅敷地については長女への地代という問題が発生し、駐車場については賃料や固定資産税など維持費の精算という煩わしさが共有の間は延々と続きます。さらに次の相続が発生すると共有者がどんどん増えてゆき、手間の煩わしさも増えてゆきます。
4.遺言書の内容と異なる遺産分割協議は可能か?
多くの方が勘違いされていますが、実は相続人全員が合意すれば可能です。なので、まずは長女に対して遺産分割協議の申し入れをし、長女にも弁護士が就きました。そして、相続税の申告前だったので、とりあえず「協議未分割」ということで申告しました。もっとも、相続税を遺言書の内容で申告した後だと、後になって遺言書と異なる内容で遺産分割協議が成立したとしても、譲渡所得税や贈与税の課税対象となりますので、注意が必要です。
5.協議内容
①自宅敷地は、長男が単独相続し、長女に代償金を支払いする
②駐車場敷地は、第三者に売却し、売却代金から諸経費を控除した残金を2分の1ずつ分ける
③預貯金は長男がすべて相続し、代償金として解約金の2分の1を長女に支払うということで、協議がまとまりました。
6.紆余曲折
結論はシンプルですが、ここまでに至る長男の心理的抵抗がかなり大きかったです。自宅敷地は安く評価しても2,000万円であり、半分の1,000万円も支払うのは経済的負担が大きいこと、駐車場敷地は代々引き継いできた土地であり、自分の代で売却するのは抵抗があるからです。しかし、駐車場敷地も評価額は4,000万円であり、自宅分に加えてさらに2,000万円も支払うだけの資力がなかったこと、当然ながら自宅敷地を第三者に売却するわけにはいかないので、駐車場敷地は手放すことになりました。他方、遠方に住む長女からすれば、土地を共有でもらったところで活用の余地がなく、現金でもらうことは大きなメリットでもあるので、金銭面ではある程度の譲歩をしてもらいました。預貯金についても、一つの口座を2人で半額ずつ取得することにすると、金融機関での相続手続が二人分の書類が必要となって面倒です。なので、長男一人ですべて手続きができるようにするために、預貯金はすべて長男が単独で相続し、解約金の半分を長女に支払うという形にしました。
7.本件での理想の遺言内容
本件では、長男の遺留分割割合が4分の1なので、遺留分割は2,000万円となります。なので、自宅敷地と駐車場敷地、遺言執行者は長男、預貯金は長女、とするのが理想だったと思われます。この内容だと、現金が長男に渡らないので、相続税の納付資金が工面できない可能性も出てきます。しかし、駐車場のような収益物件は賃料収入がある上に売却もしやすいし、長女からの遺留分割請求も阻止できるのでもメリットの方が大きいです。
8.推測ですが、この有害遺言書は、長女が主導して作成されたものでしょう。ただ、長女も遺言執行者の役割などについてはしっかり理解しておらず、そもそも作成前の検討が全く不十分というか「お粗末」です。また公証人も、遺言書が有害かどうかの配分内容についての指摘まではしてくれません。
9.エピソードが長くなりましたが、今回私が強く言いたいことは、
❶遺産分割割合を指定する遺言は避ける
❷不動産は利用の現状を踏まえて「A土地は長男に相続させる」と「特定の不動産」を「特定の相続人」に相続させると「具体化」する
ということです。遺言書作成のときの参考にしていただけると幸いです。
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